「神話は真実の敵―無意味な戦争のはて」

F・E・ヤーコプス博士 
(駐日オランダ王国全権大使)

 

 この墓地は静かで見事に整備されていますが、その影の部分は知られておりません。しかし、私たちすべてにのしかかっている一つの影があります。それは過去の影であります。

 今日私たちは、第二次世界大戦中、日本で亡くなった連合国捕虜たちがたどった痛ましい運命を偲ぶために集まっております。捕虜のほとんどは戦闘で亡くなったのではなく、奴隷労働者として非業の死を遂げたのでありました。戦時中の日本の経済は捕虜の労働力を必要としておりました。なぜならば、日本の若者はビルマのようなはるかかなたの地で、あるいはまた当時ニューギニアの名で知られていた地のジャングルで無意味な戦争を戦っていたからであります。

 一九四二年の二月と三月、日本軍が当時オランダ領東インド諸島(今日のインドネシア共和国)を侵略したとき、約八、〇〇〇人のオランダ人が捕虜になりました。日本で亡くなったのは約九〇〇人ですが、その大多数が九州の水巻の炭鉱においてでありました。この墓地の納骨堂には二一人のオランダ人の遺骨が収められています。彼らは日本に輸送される途中、船が魚雷で沈没し、遺体となって海岸に打ち上げられたのでありました。

 人びとはどのようにして過去に、特に戦時中の過去に立ち向かうことができるのでしょうか。おそらく人生における経験の中で、戦争ほど大きな精神的抑圧の原因となりうる体験はないでありましょう。戦争体験においては、無数の個人的な体験や感情や記憶が複雑にからみ合っております。それでは結局のところ私たちは、その体験や感情や記憶について実際に何を知っているのでしょうか。アムステルダムのオランダ戦争史研究所から、収容所の捕虜たちによって書かれた戦時中の日記がシリーズで出版されております。私たちはこの日記から限られた洞察を与えられます。「限られた」と申しますのは、日常生活を書き留めることは厳しく禁止されており、見つかれば、厳罰に処せられたからであります。私たちはこの日記を通して、飢え、病気、絶望、残虐と同時に、団結、人間愛、希望についても教えられるのであります。

 したがって、歴史とはファジー(あいまい)なものであります。自由社会においては、歴史家たちは事実の解釈をめぐって戦争いたします。自由社会には、過去に関する唯一の解釈などといったものは存在いたしません。神話は独裁国家や独裁主義の本質的特徴であります。神話は真実の敵です。過去を直視するとき、ともに神話と戦おうではありませんか。神話と戦うことは、戦後六〇年たった今、私たちが死者に対して払いうる最高の敬意であります。



この文章は『敗戦60年 戦争はまだ終わっていない 謝罪と赦しと和解と』(2005年8月発行)より、編者である雨宮氏の許可を得て転載させていただきました。