第九回英連邦戦没捕虜追悼礼拝 追悼の辞 「和解の道を開く」


関田 寛雄

 本日ここに第九回追悼礼拝を行うに当り、二〇〇三年というこの年をめぐって想起すべき三つの事があります。

 その第一は一九二三年九月、今からちょうど八〇年前、関東大震災という日本社会を揺るがす大事件が起こりました。しかし、その際、特に記憶すべき事は、約六000人の朝鮮人、約五〇〇人の中国人が、全くの「作られた情報」つまりデマにゆさぶられた日本人市民の手によって殺害されたという事であります。

 この根拠のなきデマは日本政府及び警察関係者から流されたものであったのです。経過はこのようにして起こりました。当時の内務大臣と警視総監は、かって植民地朝鮮半島において一九一九年三月一日、住民によって引き起こされた独立運動を徹底的に武力で弾圧し、数千人の死者を出しました。その経験から、ひそかに朝鮮人の「復讐」を恐れて「疑心暗鬼」に陥っていたと思われます。大震災という未曾有の大事件が起きた時、この二人の責任者は朝鮮人の復讐の暴動が起きると考え、先手を打って逮捕、監禁の命令を出し、「油を撒いて放火している」とか「爆弾を所持している」とか「井戸に毒物を投入した」とか全く根拠のない流言飛言を流し、兵隊達に武器の使用(射殺?)を許可し、自警団の組織化を促したのです。パニックになった日本人市民は朝鮮人を見付けるとリンチのような形で虐殺し、誤解された中国人も日本人の排外妄想の激発も加わって、殺されたのでした。「疑心暗鬼」は悪魔のささやきです。それは敵意を生み、戦争へと至るのです。

 第二は六〇年前一九四三年十月の「学徒出陣」です。学業を中断された大学生、専門学校生が、神宮外苑で出陣の分列行進で戦地に送られて行きました。七万人余の学生がそのように戦争に参加させられたのです。

 第三は泰緬鉄道の完成です。六〇年前の一〇月のことです。日本の学生と同じ年齢の英連邦の捕虜たちが一九四三年泰緬鉄道建設の重労働をさせられて、六五〇〇人の捕虜たちの三分の一が栄養失調、飢餓、病気の中で死んで行きました。それに加えて三0万人余のインドネシア、ミャンマーからの労働者たちが強制労働の中で、やはり多く死亡し、母国に帰れないままでいる人々が殆どである事です。この鉄道は「戦場にかける橋」という映画で有名になりましたが、タイからミャンマーのクワイ河に沿った415㎞という鉄道、それは東京から岐阜県大垣に至る距離に等しいのですが、僅か一年数ヶ月で完成させる、という大変な突貫工事であり、その無理な計画も時の大本営の命令で実行され、それがどんな大きな悲劇を生んだことでしょう。今から省みて、それは全く無謀な何の利益もない、ただ軍部内の「面子」を立てるための作戦だったという事です。

 今ここに眠っておられる一八〇〇余柱の英連邦軍等の方々は殆ど二〇代で、日本の学徒兵と同じ頃の方々です。今、日本はイラク特別措置法なるものを定め、またもや同じ若い青年たちをイラクの戦地に送りこもうとしているのです。イラク戦争は「終結」していません。今も激しい戦闘が続いています。イラク戦争も「疑心暗鬼」から始まりました。大量破壊兵器の処分のためという名目で始められましたが、大量破壊兵器は今も見付からず、結局は「作られた情報」であった事が明らかになって来ました。「疑心暗鬼」はサタンのささやきです。敵意を引き起こし、デマを撒きちらして、戦争に人びとを引きずり込んで、敵か味方か、という対立を激化させるだけなのです。

 今日読んで頂いた聖書に「キリストは我らの平和である」とのべられてあります。「キリストは十字架によって「敵意」を滅ぼされた」と記されています。「敵意」をもってしてはダメなのです。それは無限の報復の悪循環が生まれるばかりです。キリストの十字架という犠牲愛によってのみ「敵意」は取り去られます。ここでいう平和とは「共に生きること」に他なりません。「ローマの平和」も「敵意」を力で押さえ込んだ平和でした。「アメリカの平和」も「敵意」をミサイルや劣化ウラン弾で押さえ込む平和です。それは平和ではありません。恨みと敵意が残り続けるからです。私たちのめざす「キリストの平和」は共に生きる平和であります。

 私たちは今、一八〇〇余の英連邦とオランダ戦争犠牲者の思いを受けつぎ、何はともあれ「共に生きること」を求め、「共に生きる平和」を創り上げる決意をしようではありませんか。断固たる決意を持って「共に生きる」ことを貫くとき、私たちは決して「作られた情報」に易々と乗って行く日本の政治の責任者のような妄動に陥ることなく、真の「和解の道を開く」ことができるでありましょう。何でもなく生きている今の平和がどんなに有難く、かたじけないものであるか、を忘れることなく「共に生きる生活」をくり広げて参りましょう。そのことこそ、ここに眠る一八〇〇余の方々、またその遺族の方々の思いに応える道でありましょう。お祈り致します。

平和の祈り

 主なる神様、二〇〇三年のこの追悼礼拝に当り、この地に眠っておられる一八〇〇余の英連邦軍及びオランダ軍の元兵士の方々の上に平安をお祈りいたします。またその遺族の方々の上に神様の慰めが豊かにありますように祈ります。世界各地における敵意と分断の闘いを一日も早く止めさせ神様の意志である平和を回復することができますように、私たちを用いて下さい。和解の主キリストの御名によって祈ります。アーメン。


この文章は『青山学院と学徒出陣60年―戦争体験の継承』(2003年12月発行)より、編者である雨宮氏の許可を得て転載させていただきました。