第二回英連邦戦没捕虜追悼礼拝 追悼の辞 平和の礎「キリストは我らの平和」


関田 寛雄


本日は、ここに英連邦捕虜戦没者の集いをもつことができまして、大変幸いでございます。すでに戦後五十一年を迎えました。二一世紀に向かおうとしておりますこの時に、我々日本の国は本当に世界の平和のために、その国の成り立ちを規定しております憲法にふさわしい貢献をしているかどうなのか、ふり返ります時に誠に残念なことが多くございます。二一世紀は人類のサバイバルと共生が何よりも大きな課題であろうと思いますのに、依然として日本の国の在り方、特に政治家たちの姿勢の中には平和への熱意を見ることができません。


 昨年私はこの場所に於きまして、我々は第二次大戦の過去を忘れるのではなく、またパール・ハーバーを忘れることではなく、或いは広島・長崎を忘れることではなく、それらを深く記憶することによってこそ平和の礎を作ることができる、という言葉を述べさせて頂きました。しかし今や、過去の忘却だけでなく過去の歪曲が行われているというのが今日の政治家たちの感覚でございます。ますます日本は平和への道から遠ざかっているように思います。去る六月四日に「明るい日本」というタイトルの国会議員連盟が結成されました。自民党の一一六人がこれに加盟しておりますけれども、その発会式に当たりまして会長の奥野議員(元文部大臣且つ元法務大臣)がいわゆる従軍慰安婦は商行為であって日本軍による強制はなかったということを申しました。従軍慰安婦たちはお金儲けでそのようなことをするわけがありましょうか。同時にまたこの「明るい日本」の会の事務局長であります板垣正参議院議員、この人は日本遺族会の顧問でもありますけれども、それらの言葉に講義してまいりました韓国人元従軍慰安婦に対して「君はお金をもらっていたのかね、金をもらわなかったのか」というような追求をしました。これらは韓国は勿論、北朝鮮・中国その他の国々に大変なリアクションを引き起こしました。そしてせっかく平和への道を歩みかけていた日本の努力の芽を摘んでしまいました。橋本総理大臣にしては「そういう話はやめようよ」と言って記者団にこれらのことについてコメントすることを断っています。


 やっと歴史の教科書の中に日本軍国主義の犯した罪、事実としての従軍慰安婦の事が載り始めた、このことをきっかけに少なくともアジア太平洋諸地域の友人たちと手を組んでいこうと思っていたその矢先に、こういった動きは日本の政治家たちの認識不足だけではなく、意図的に歴史を歪曲するさらなる罪を重ねることに他ならない。サッカーのワールドカップを共催するというような日本と韓国との平和へのひとつの兆しを、またつぶしてしまう発言ではないでしょうか。二〇万とも言われる元従軍慰安婦の人たちの失われた人生、失われた青春に向かっての、号泣する彼らの涙を冷然と見下している日本の政治家たちの現実を見ます時に、日本人としては憤りに堪えないという思いが致します。過去から何も学ぼうとしない、恥を忘れたインテリ政治家たちであります。我々日本人は、どうすれば平和の道を踏み続けていくことができるのだろうか。アジアから太平洋諸国・英連邦その他の友人たちから批判の深まりも当然あろうと思います。

 いまひとつ、私たちが注目すべき事は内閣総理大臣の名前でもって橋本龍太郎氏は靖国神社に参拝致しました。七月二十九日であります。公式署名の参拝であります。八月一五日には多くの大臣が靖国神社に参拝すると言われています。これは東条英機をはじめ、A級戦犯として裁かれたはずの歴史を、この官僚たちは否定し、大東亜戦争を肯定し、二〇〇〇万余に及ぶアジア・太平洋諸地域に失われていった命の意味を無視してはばからない日本の政治家の姿勢ではないだろうか。アジア侵略の犠牲者の心を踏みにじる許しがたい行為ではないでありましょうか。

 泰緬鉄道建設という驚くべき非人道的な事業において用いられましたC56という蒸気機関車が靖国神社には飾られていますが、それは日本軍は四一五㎞に及ぶあの泰緬鉄道の大事業を僅か一年四ヵ月で果たしたのだ、それは誇るべき偉業であるということなのであります。そういう靖国神社に内閣総理大臣が公式名において署名をし参拝するということは日本人の平和への祈りを裏切る行為に他ならない。旧日本軍の残虐なる非道極まりない工事のプロセスを肯定し、二五万人のアジア人労働者を強制連行して放置したまま、又英連邦の捕虜の方々がコレラや栄養失調・残虐な行為の中で殺されていった一万三千人もの人たちの命、この方々のお名前が確認されただけでも七千人、これらの事実を無視してあの事業を偉業だと位置付けるということは何と恥ずかしいことでありましょうか。しかもこの建設工事において枕木一本ずつを捕虜一人に変えてでも鉄道を敷設しろといって命令したのは東条英機であります。その靖国神社に参拝する閣僚たちを私たちはどう考えたらよいのでしょうか。我々はこの泰緬鉄道に関わる日本軍の罪を免罪しようとする、靖国参拝をする官僚たちを許してはならないと思います。

 さて、私は青山学院に於きまして、総合教養ゼミという一つのクラスで永瀬隆さんの書かれました『「戦場にかける橋」のウソと真実』(岩波ブックレット)をテキストの一つに用いました。その時に本当にショックを受けましたのは、虐待の中で命を失って二メートルの地下深くに埋められている英連邦軍の捕虜の方々の遺骨の上に、二〇リットル入りのコールタールの缶が置かれており、そのコールタールの中に固く閉じ込められた日本軍の残虐行為の事実、そしてその責任者のリスト、亡くなっていかれた英連邦の捕虜の方々の名前がきっちりと記されている文書が発見され、キャプテンホワイトがそれを見せてくれたということであります。仲間の亡骸を葬る時に二メートルの穴を掘ってそのお骨の上にコールタールの缶、その中に、さらに、閉じ込められた日本軍の罪の記録、傷みつつ世を去っていった英連邦軍の捕虜の名前のリスト、それが収められていたというのであります。これは彼らの神への祈りである。歴史を裁き、正義と平和をもたらされる神への、これは信仰の行為であります。

 かつて平和の預言者イザヤはマナセという独裁的な王様の迫害の只中にあって、語るべき言葉を封印して自分の弟子に渡したと伝えられています。後日のために真実は何であるか、神の求めたもう正義と平和は何であるかという事を弟子たちに封印して言葉を残した、と言われております。このような、英連邦の方々がコールタールの中に平和への祈りと、正義を求める思いを閉じ込めて保存したことを知り、今日日本の良心ある者たち、さらにまた、ここにいらっしゃる全ての方々、平和を請い願う全ての方々、そして私も、その思いは、末代に到まで日本軍の罪の事実、それを封印して伝えていく、一〇〇年かかっても二〇〇年かかってもこの平和への祈りを伝え続けていく、このことが私共の為し得る償いの一つの行為であろうと思います。

 時代は新しくなってまいります。平和がとり戻されております。ただ今読んでいただきました聖書(エフェソ2・14~17)に「キリストは我らの平和である」とあります。キリストは我らの平和である。十字架という犠牲の死に於いて憎しみをとり除き、対立を一つに結びつけるイエス・キリストの愛と許しをかたじけなく受けとめる者は、英連邦捕虜の方々と共に死にたもうた、このキリストの犠牲を虚しくすることなく、平和への具体的な働きを共に励んでいくという事に進まなければならない。「キリストは我らの平和である。」短い言葉ですけれども、この平和は神の義が失われている平和ではありません。神の義が貫かれてこそそこに与えられる誠の平和、これは私たちが生涯かけて子々孫々に渡るまで求め続けなければならない事柄であります。

 具体的に日本政府は公の謝罪をするべきである。戦争犠牲者に対しては然るべき補償をするべきである。そのことを果たしてのみ、初めて日本政府は世界の国際的な社会の中で名誉ある地位を占めるという、憲法に相応しい国になることでありましょう。謝罪と補償を実現させるために日本人はその政府に対して責任があります。まず、公に罪を認める告白をしなければなりません。最近、元従軍慰安婦の方々に民間基金による生活資金の提供という事が取り沙汰されておりますけれども、それには橋本総理大臣の謝罪の文書が付け加えられると伝えられております。しかしあの靖国神社に参拝する限りどの様な謝罪の言葉を並べましても元従軍慰安婦の方々は、その言葉を決して信ずることができないでしょう。

 平和への祈り

 歴史を導き、義と慈しみと平和を実現したもう、主なる神様、私共はここに、第二回の英連邦捕虜戦没者の霊を弔う集いのために集まって参りました。日本の社会的な状況は平和からほど遠くあります。偽装の平和を打ち破って、本当に心と心が結ばれ手を握り合うその日のために、どうか私共に平和の祈りを深め、高め、広げ、一〇〇年かかっても二〇〇年かかっても日本の罪を償い和解の道を歩む努力を続けることができますように。どうかこの地に眠るところの英連邦捕虜の方々の魂の一つ一つ、あなたが哀れみをもって慰め、その方々の思いと、切なる思いをもって墓碑銘に刻んでいらっしゃる遺族の言葉を我々の心に刻みつけ、ここに参りました一人一人が平和を願ってこの年をまた生きていくころができますように。具体的に小さいことからでも始めていく平和の歩みを共に続けることができますように、一人一人を強めて下さい。和解の主、イエス・キリストの御名によってお祈り致します。アーメン。


この文章は『青山学院と戦争の記憶―罪責と証言』(2000年8月発行)より、編者である雨宮氏の許可を得て転載させていただきました。